
コンサートを延期するわけにはいかなかった。隕石が落ちる危険くらい覚悟しなければならなかった。
ユン・ソヨンはバックステージで体をほぐしていた。だがどうにも動きに集中できない。
前日に見たニュースが引っかかっていたのだ。
もしかしたら今回が一度きりになるかもしれない南山ネオ競技場でのコンサート、
それも他のユニットではなく tripleS の完全体が集結するその日に隕石が落ちる予定だなんて、一体どういう冗談なのだろうか。
大気圏で燃え尽きる可能性が高いとは言われていたが、万が一という不安がソヨンの中でじわじわと広がっていった。
心身を整える必要があった。
ソヨンは伸びを途中でやめ、最初に目に入った後輩たちのほうへ駆け寄った。小さく悲鳴を上げているリンを、ジュビンが後ろからぎゅっと抱きしめていた。
「ちょっと、何してんの?」
ソヨンがいたずらっぽく声をかける。
「いや、ナキさんが。」
リンが呆れたように語尾を上げた。
「ずっと怖がらせるんですよ。変な夢を見たって。」
当のキム・ナギョン本人は控室の隅でハヨンと戯れているだけだったのだが。
「何て言ったの?」
ソヨンが尋ねる。
ジュビンが口を挟んで説明した。
「ナギョンさんって、妙に勘がいいじゃないですか。本人もいつか占いの店でも開かなきゃって冗談言うくらいで。で、昨日の夜そんな夢を見たんですって。
tripleS 全体が四つに完全に割れて、ソヨンさんが骸骨になる夢だって。」
「私が?」
ソヨンが自分を指さす。
「なんでそこで私が出てくんのよ。」
「知りませんよ。でもリンさん、自分で言っておきながら自分が一番ビビってるんですよ?」
ジュビンがにっと笑う。リンが不満そうに腕を組むと、ジュビンはその仕草まで真似してみせた。
やけに具体的だ。
どうせ後輩たちを怖がらせようとして言ったに違いない。公演が終わったらひとこと言ってやろう、と思いながら、ソヨンはナギョンを横目でちらりと見た。
次に目に入ったのは、階段の前でひとり立っているユヨンだった。
ソヨンが小走りで近づくと、ユヨンは振り返りもせずに呟いた。
「何か、いやな感じ。」
ユヨンまでそんなことを? ソヨンは心の中でため息をついた。
「どうしたの、お腹でも痛い?」
「ううん、ちょっと嫌な予感がして。」
ユヨンが落ち着かないように足踏みした。
「とにかく早く始まってほしい。ステージに立っちゃえば、何も考えずに済むでしょ。」
まるで空がユヨンの願いを聞き入れたように、入場の警告音がインイヤーから流れた。
シンウィーとコトネが勢いよく歓声を上げ、ヨンジが緊張で足の止まったジヨンの背中をトントンと押した。

「みんな!」 カエデが力強く叫ぶ。
「こんなチャンス、二度と来ないよ。思いっきり見せつけよう!」
後ろでおとなしく控えていたマユとソルリンも応じ、やがてメンバー全員が隊列を整えた。
ステージに出た瞬間、真冬の冷たい空気と照明の熱気が入り交じった。粉雪のヴェールの向こうで、熱狂する観客の形がゆらめく。
これほど美しい光景はないと思えるほどだった。完璧に作られた模型のように、何ひとつ間違うはずがないと信じられた。
それなのに、胸の奥が妙にざわついていた。
ソヨンは浅く息を吐いた。まずは目の前のステージに集中しなければ。
コンサート自体は驚くほど順調に進んだ。広い会場では照明と日差しがメンバーを均等に照らしていた。
ダヒョンとシオンのボーカルが映えるライブパートはいつもどおり大好評で、転換の間にスミン、ヘリン、チェウォンが歌ったクリスマスキャロルのメドレーも盛り上がった。
心配しすぎだったかな。
おかげでソヨンはフィナーレでは表情の演技にまで気を配る余裕があった。1階のスタンディング席の女の子と目を合わせてあげたりもした。
ソアより一、二歳ほど若く見える学生で、前回のファンミーティングでは何も言えず泣いてばかりいた子だ。
かわいく微笑んでやると、頬を真っ赤にして喜んでくれるのが嬉しかった。
そのとき、空で何かが閃いた。ソヨンがその正体を見極めるより先に、ドンッという衝撃とともにステージ全体があっけなく崩れ落ちた。
皮肉にも、あの隕石が本当に会場に落ちてきたのだ。
痛む肩を押さえて立ち上がると、気がつけばソヨンはすでにステージの下にいた。
一面に埃が舞っていた。警備員たちは観客の避難にかかりきりで、ジウやユビンをはじめ何人かのメンバーもそれを手伝っていた。
ステージ上ではソヒョンがマイクを握り、「落ち着いて、指示に従って避難してください」と場をなだめている。いちばん年下のソアでさえ、ニエンを手伝って落ちた照明を遠くへ移動させていた。
ああ。
たちまち整理されていく空間を見渡しながら、ソヨンは気づいた。
自分が心のどこかで恐れていたのは、これなのだと。
tripleSはもう、ソヨンが腕まくりして出ていかなくても立派に活動していける共同体になっていた。
喜ぶべきことなのに。
けれどソヨンは、もはや自分に残された役割は何なのか、問わずにはいられなかった。
客席側に落ちてしまったこともあり、さっきの幼いファンだけでも助けようかと思ったが、少女はすでに手の届かない距離へ必死で逃げていた。
大きな怪我がなさそうなのだけが救いだった。
ウウウウウウン。
安心した瞬間、汽笛のようなうなりが響いた。そこにチェヨンの悲鳴まで重なり、背筋が思わず冷たくなる。
空を見上げると、巨大な骨の指が三本、威圧するように降りてきていた。
スノーグローブの中で巨大な手が迫ってくるとしたら、きっとこんな感じだ。
「ソヨンさんが骸骨になる夢。」
ジュビンが話していた言葉が、不吉に頭をよぎった。
ソヨンは重い足を引きずった。説明のつかない衝動が、彼女を隕石のそばへと導いた。
それはただの岩ではなく、金属質の滑らかな宇宙船だった。子どものころに見たアニメに出てくる魔法の卵のような姿だ。
ソヨンは吸い寄せられるように手を伸ばしたが、ホログラムを触ったみたいに手が宇宙船をすり抜けた。宇宙船にさえ拒まれている気がした。
私に、役目を与えて。
ソヨンは膝をついて願った。
必要のないまま死にたくない。骸骨になんてなりたくない。
願いをぶつけた瞬間、指先に冷たさが走った。宇宙船に触れられるようになったのだ。
そう思う暇もなく、銀色の表面がいくつも裂け、ソヨンを包み込んだ。最初は包帯のように、やがて堅い甲冑のように。
気づけば宇宙船に映るソヨンの姿は、おとぎ話の騎士そのものになっていた。頭の上には細かな頂点が十二並んだ銀の冠が載り、
鋭い造形の鎧がきらりと光る。手には鍵のように片側がくねる長剣が握られていた。
ステージを終えた直後とは思えないほど体が充ちていく。まるで新しく生まれ変わったみたいだった。
宇宙船の中から、ドン、ドンと外壁を叩く音が響いてきた。
そうだ、宇宙船ならパイロットだっているはずだ。今の状況を説明してくれる誰かが。
はっと我に返ったソヨンは勢いよく立ち上がった。動くなら素早い決断が必要だ。
巨大な骸骨の手は今も競技場全体を押しつぶさんばかりに降りてきている。
その影の下で、先ほど目を留めていたあの子が、圧迫感に凍りついたまま動けずにいた。
ソヨンは唾をのみ込む。
まだ、やるべきことはたくさん残っているらしい。
1. とりあえずぶった斬る:ソヨンが空高く跳び上がり、骸骨に攻撃を仕掛ける。
2. いきなりバズる:変身したソヨンの写真が拡散され、ネットでバズり始める。
3. 助っ人が現れる:宇宙船の中からパイロットが飛び出してくる。
4.ファンを救う:幼いファンが泣きながらソヨンのもとへ駆け寄ってくる。