<The univerS> - 2. Beyond Earth (JP ver.)


時には、攻撃こそが最善の防御となることもある。ソヨンは骸骨の指へ向かって突っ込むと決めた。

その瞬間、体がふわりと宙へ浮かび上がった。風に乗る雪のひとひらのように、動きは驚くほど自由だった。

説明なんていらない。武器を手にした以上、ためらう理由はない。




ソヨンは両手で剣の柄を握り込み、ぐっと掲げた。

骸骨の指の関節の隙間へ叩き込んだ瞬間、眩い閃光が弾ける。

骸骨がびくりと震え、自らの手を引き戻すのがはっきりと見えた。

衝突の反動でソヨン自身も下へ弾き飛ばされたが、すぐに体勢を立て直し、再び上空へ躍り出る。

――もう一度。ソヨンは何度も剣を振るい、骸骨を後ろへと押し込んでいく。

そして、最後の一撃を叩き込んだ。軽やかな金属音とともに、骸骨の骨の節にひびが入る。

――これだ。ソヨンは、まるで賭けに勝ったかのように笑みを抑えきれなかった。

ウウウウウウン。


だが、不吉な音が再び響き渡る。

骸骨の手は、先ほどのように引き下がるどころか、わずかに動きを止めたかと思うと、

蠅を叩き落とすかのような素早さで虚空を薙いだ。

指先が空気と擦れ、火花を散らすのがはっきりと見えるほどだった。

瞬きする間もなく、ソヨンは競技場の床へと叩きつけられた。

体の奥深くから、痛みが波のように押し寄せてくる。


「大丈夫?!」

ヘリンとソヒョンが、示し合わせたわけでもないのに同時に駆け寄ってきた。


――離れて。そう言いかけた言葉は喉元で止まり、ソヨンは指先ひとつ動かす力すら残っていなかった。

やがて、全身の血が一気に頭へと集まる。骸骨が、ソヨンを逆さまに掴み上げたのだ。

だが、問題はソヨン自身の身よりも、それを見たメンバーたちの反応だった。

チェヨンを先頭に、ソルリンをはじめとする数人が、まるで綱引きでもするかのようにソヨンを引き戻そうとする。

だらりと垂れ下がったソヨンの腕と、幅広の剣身に、メンバーたちの手が次々と取りすがった。

――この馬鹿たち。ソヨンは心の中で嘆いた。


骸骨は、空高く掲げていたソヨンをふっと放り投げると、埃を払うかのように競技場を薙ぎ払った。

ソヨンが最後に目にしたのは、一人残らず宙へと撒き散らされたメンバーたちの姿だった……。

猛攻にもびくともしなかった剣でさえ、鈍い音とともに四つに割れた。

――私がいなくても……みんななら、やれる。

ソヨンはそっと目を閉じ、そのまま意識を手放した。

 

しばらくして――。

ソルリンは、灰色の砂漠のど真ん中に放り出されたような気分だった。

瞬きをして周囲を見回しても、薄暗い空と石だらけの地面が広がるばかりで、特筆するようなものは何もない。

まるで……。


「ここ、月じゃない?」沈黙を破ったのはカエデだった。


「月なのに、なんで私たち息できてるの?」シオンが目を大きく見開いて口を挟む。


「さあね」

カエデが肩をすくめると、くせ毛がふわりと宙に浮かび上がり、手で押さえつけるまで、しばらく浮いたままだった。



「だって、ソヨンさんが剣を手にして戦ってるのも見たでしょ」

ジヨンが落ち着いた口調で言った。

「変な巨大な骸骨みたいなのも見たし。

説明のつかないことだらけなんだから、私たちが月に飛ばされても筋は通るよ」

……確かに。ソルリンは心の中でうなずいた。


問題は、ソヨンが手にしていた剣の破片が、今、自分の手の中に握られていることだった。

それが何を意味するのか――。ソルリンは、その金属片をズボンのポケットへと押し込んだ。

今、ソルリンの視界にいるメンバーは、全部で六人しかいない。残りの十八人は、まだ地球に残っているのだろうか。

身振り手振りを交え、英語で必死に意思疎通を図っていた活動初期の孤立感が、再び頭をもたげる。

一歩後ろへ押しやられたような、物語のエキストラになってしまったかのような気分だった。

カエデ、シオン、ジヨンが、この状況が現実なのかどうかをめぐって激しく言い合っているあいだ、

リンは小走りでソヒョンのもとへ近づき、そっと頭を預けた。


「私たち、これからどうするの?」不安を隠しきれないリンの問いに、ソヒョンは珍しく、すぐに答えを返せなかった。

やがてリンは、かすかな嗚咽を漏らし、ほかのメンバーたちも、その場を行ったり来たりしながら落ち着きを失っていく。


――だったら。ソルリンはせめて、自分だけでも大丈夫なふりをしなければならないと思った。


「……もういい!」

ソルリンが手を打つと、その音に引き寄せられるように、全員の視線が集まった。


「私たち、家に帰ります」

震えそうになる声を、必死に抑え込んで、そう言い切る。


ソルリンは、振り返ることなく歩き出した。

背後で、ざわめきが起こり、やがて――仲間たちがついてくる気配が伝わってくる。


けれど。

ここから、どうすればいいのか。その答えは、まったく見えていなかった。歩調がわずかに緩んだ、そのとき。


リンが、また小走りで追いついてきて、小さな声で囁く。

「ソチャンがね。ソルリンは、頼りになるって言ってたよ」


……それを言われたら、止まれない。

ソルリンは、奥歯を噛みしめた。

脚の痛みも、ほかのメンバーと同じくらいの不安も、すべて胸の奥へ押し込めて、前へ進む。


それから、そう時間は経っていなかった。

目の前に広がったのは、あまりにも場違いな光景だった。

月のど真ん中に、ぽつんとバス停がひとつ立っている。

しかも、そのすぐ前には、人類がはるか昔に月へ送り込んだのであろう、

年季の入った月面車が一台、静かに停まっていた。


けれど、それ以上に視線を奪われたものがある。

建物一棟分はあろうかという、巨大な楕円形の宝石。

ソルリンは、無意識のうちにその頂点へと目を向けた。

宝石の上部から、一本の鎖が伸びている。それを辿るように視線を上げた、その先で――。


「……っ」

息を呑む。空の向こうから、巨大な鯨の骨格が、ゆっくりと姿を現した。


宇宙を横切るように伸びる、細長い骸骨。生きているかのように、うねり、くねり、ゆっくりと身をよじらせている。

その頭部は、太陽に影を落とすほどに巨大で、指のようにも見える三本の長い鰭骨が、地球のほうへと垂れ下がっていた。

――見覚えがある。あの競技場で、確かに見た存在だ。


「……一体、何なの?」

カエデの問いかけは、かすれていた。けれど、呆然としていたソルリンは、すぐに答えることができなかった。


その沈黙を合図にしたかのように、これまで胸の奥に押し込めてきた疑問が、一気に噴き出す。

まずリンが月面車へ向かったが、身体はそのまま車体をすり抜けてしまい、

何ひとつ操作することができなかった。まるで幽霊にでもなったかのようだった。



「……私たち、もしかして……」

リンが、怯えた声で言う。

「……死んでるの?」




続いて、ジヨンがソルリンのほうへ近づき、ズボンのポケットからはみ出していた金属片を引き抜いた。

「それ……ソヨンさんの剣、だよね」

握りしめた欠片を見つめながら、唇を噛む。

「ソヨンさん……どうなったの……?」

嵐のように降り注ぐ質問。ソルリンは、耐えきれずに目を閉じ、両手で耳を塞いだ。


――考えて。落ち着いて。

ここから、どうやって抜け出す?

だが、喉から飛び出した言葉は、とても“大人”とは言えなかった。


「……分からない!」

声が、月の静寂に吸い込まれる。

沈黙。


「私も分からない……!」ソルリンは続けて叫んだ。

「今、自分が何をしてるのかも分からないし、家に帰れるのかどうかも……分からなくて……」


言い終えた瞬間、自分の言葉に驚いたように、口を押さえる。

張りつめた空気の中、ソルリンは、裁きを待つみたいに立ち尽くした。


そのとき――。

ソヒョンが、そっと背中に手を置いた。





「大丈夫」

静かな声。

「ソルリンが、まっすぐ進んでくれなかったら、私たち、ここまで来られなかったよ」

少し笑って、言う。

「ソルリンのおかげ」


その一言で、胸の奥に積もっていた不安が、嘘みたいにほどけていく。

ソルリンは、思わずソヒョンを強く抱きしめた。


「……サンキュ」

胸の奥が、妙に静かになる。


――この世界には。主人公じゃないからこそ、できる役割がある。

無理に前に立つんじゃなくて、後ろから、みんなを支えること。そういう役目だって、きっとある。

大丈夫。できる。方法は、きっと見つかる。私じゃない。私たちで。



「……あの、すごくいい話のところ悪いんだけどさ」

空気を切り裂くように、シオンが人差し指を立てた。

「さっきさ、私たち、物体をシュッて通り抜けたでしょ。ってことは、何も掴めないってことじゃん。

それってさ、食べ物も掴めないって意味じゃない?私、今それが一番怖いんだけど。

月にいるせいか、急にポン菓子食べたくなってきてさ……この前も――」


「まずは、家に帰ること考えよう」ソヒョンが、冗談めかしてシオンの肩を軽く叩いた。



その一言で、張りつめていた空気がふっと緩む。

久しぶりに、メンバーたちの間に笑いが広がった。……よかった。

ソルリンは、胸の奥に溜まっていた息を、そっと吐き出した。



それ以降、探索は落ち着いたものになった。その中で、ひとつだけ、ソルリンの興味を引く事実があった。

――触れられないのは、月面車だけ。

ばかばかしいほど巨大な宝石も、バス停も、指先に確かな感触があるというのに。

月面車にだけは、どうしても触れることができなかった。



そのとき。

「……あれ?」

宝石の表面をじっと観察していたソヒョンが、言葉を詰まらせた。


「どうしたの。気づいたことがあるなら、教えて」

その声音に、ソルリンがすぐ反応する。

これまで、ずっと支えられてきた。だから今度は、頼られる側でいたかった。



「……たぶん、これ」ソヒョンは宝石を指さす。「カメオ、だと思う。ロケットとかに使われる……」


「ロケット!?」

その言葉を聞いた瞬間、さっきまで肩を落としていたカエデが、ばっと顔を上げた。

誰かが止めるよりも早く、カエデは全力で駆け出していた。

制止の声を振り切り、カエデは跳ねるように宙へ飛び、岩登りでもするかのように、宝石の突き出た部分へと取りつく。

「だったら、家に帰れるんじゃない!?ほら、行こうよ!」

その勢いに、一瞬、誰も言葉を失った。




「……違う違う」

慌てて、ソヒョンが苦笑いを浮かべる。

「ロケット(Rocket)じゃなくて、ロケット(Locket)。首にかけるやつ。

こういうふうに、宝石に彫りを入れた装飾のことを、カメオって言うの」

照れくさそうに笑いながら、訂正する。


言われてみれば――。

その大きさゆえに感覚が麻痺していただけにすぎず、宝石そのものは、驚くほど繊細に細工されていた。



中央には、体を丸めた宇宙鯨があり、その周囲を、さまざまな女性たちが取り囲んでいる。

実線で浮き彫りにされた二十四人の女性たち。

そこから、点線で描かれた別の女性像が、まるで抜け出すかのように立ち上がっていた。

一見すると、魂が肉体から離れていくようにも見える。

あるいは、女性たちが鯨を狩ろうとしているのか、必死に食い止めようとしているのか――

 


……もしかして、私たち?ソルリンは、ソヒョンの肩にそっと頭を預けた。いったい、何が起きているんだろう。

その一方で、ほかのメンバーたちは、宝石にしがみつけば月を離れられるのでは、という考えに取り憑かれたようだった。




「でも、エデの言ってたことも一理あるよ。大丈夫、私これ……」

ジヨンはその場で何度も小さく跳ねた。

バランスを取ろうとするように腕を伸ばしながら、

「感覚、掴めてきた気がする」


そう言って、先に登っていたカエデの腕を掴んだ。

――それだけなら、まだよかった。問題は、その瞬間だった。



低く、腹の底に響くような音。

ドン――。

ドン――。

地球で聞いたのと同じ、あの不気味な汽笛の音が、月面に轟き渡る。

次の瞬間、宝石は月の表面をずるずると引きずられながら、ゆっくりと、だが確実に動き始める。


「今じゃなきゃ、間に合わない!」

ジヨンが腕を伸ばし、声を張り上げた。


「どうする!?あれ、乗る!?」

シオンがその場で足踏みしながら、焦ったように叫ぶ。

ソルリンは、爪をぎりっと噛みしめた。

シオンが話している対象は、鯨の首飾りではなかったからだ。


よりにもよって、その瞬間――

笛のような形をした小型の飛行体が、バス停の前へ滑り込んできた。

人形ほどの大きさしかない、淡いピンク色の小さな異星人たちが、岩陰からぞろぞろと姿を現す。

ウサギとキツネを半分ずつ混ぜたような、奇妙な生き物。

彼らは一体、また一体と、飛行体へ乗り込んでいった。その中の数体は、ソルリンたちを、じっと無言で見つめてくる。

……宇宙船に乗る。それが、地球へ戻る一番手っ取り早い方法なのかもしれない。でも。

ソルリンの視線は、自然と、宝石へと戻っていた。首飾りに刻まれたカメオ。

二十四人の女性たちの彫像。ここまで、こんなにも遠くへ弾き飛ばされたのには、きっと理由がある。ただの偶然じゃない。


「……走って」

ソルリンが、低く告げた。それだけで、十分だった。合図のように、メンバーたちは一斉に駆け出す。

目指すのは、動き始めた巨大な宝石。六人全員がしがみついたその瞬間、宝石は月の表面を完全に離れた。


そして、同時に起こった変化に、誰もが息をのんだ。

薄手だったステージ衣装の上に、いつの間にか、重みのある装飾が重なっている。

マント。古風なリボン。装束の縁を彩る、細かな意匠。

月の光をそのまま写し取ったかのような、荒々しさと、静かな輝きを併せ持つ質感だった。

まるで、月そのものを身に纏ったみたいに。


「しっかり掴まって!」

カエデが叫ぶ。


慣性に引かれ、宝石全体が前のめりに引き出される。

広大な宇宙を横切り――無数の星々をかすめ――



そして。

そのまま。大きく口を開いた、鯨の怪物の中へと、吸い込まれていった。

 

一方、そのころ――まったく別の場所では。


鋭い悲鳴が、シンウィを叩き起こした。

「――っ!」



目を開けると、チェヨンが顔色を失い、喉が潰れそうな声で叫んでいる。

「なに!? どうしたの!?」

「外……外見て!!」



反射的に立ち上がり、白い金属の扉を押し開けた瞬間――

視界が、真っ赤に染まった。燃え盛る、紅炎の海。

まるで太陽の中心へ突き落とされたかのような、圧倒的な光と熱が、容赦なく押し寄せてくる。


さっきまで、ここは“どこかの建物の一室”だと思っていた。けれど現実は違った。

そこは、小さなヨットのキャビンだった。――灼熱の大海原の、ど真ん中。


「ちょっと待って……」

シンウィは目をこすった。

遠くから、異様な影が近づいてくる。

骨だけになった、巨大な鯨。ヨットを丸呑みにする勢いで、ゆっくり、だが確実に迫ってきていた。



「……あれ、なに……」

ユヨンが頭をかきながらぼやいた。

「だから言ったでしょ。今日、嫌な予感しかしないって」

普段なら、特別な指示がなくても自然に役割を見つけるメンバーたちが、完全にパニックに陥っている。


鯨は口を大きく開け、距離を詰めてくる。逃げ道は、見当たらない。

マユは船酔いでもしたのか、手すりにしがみついたまま、震えていた。

ヘリンとユヨンは顔を寄せ、ひそひそと何かを相談している。

――このままじゃ、まずい。そんな空気の中で。



「……でもさ」

しゃがみ込んでいたチェウォンが、妙にのんきな声を上げた。

「遠くから見ると、ちょっと可愛くないですか?」


「どこが可愛いのよ!!」

チェヨンがキャビンから飛び出し、噛みつくように叫ぶ。


「だって、くねくねしてるのが……。キーホルダーにしたら、普通に欲しいかも」

夢見るような口調。正直、状況の助けにはならなかった。

けれど――シンウィの耳には、別の言葉が引っかかった。



「……飛び込む?」

シンウィは一歩踏み出し、その場に割って入る。

「今、“飛び込む”って言った?」


ヘリンが、視線を逸らしながら答えた。

「だって……このままじゃ、船ごと食べられるでしょ。どうせ燃えないみたいだし、思い切って――」

「バカ!」

このままじゃダメだ。誰かが、この場をまとめなきゃいけない。



「tripleS!」

シンウィは背筋を伸ばし、声を張る。

「私たち、死なない!今からは、私の指示で動く。いい?」


指さした先には、淡いピンク色の泡に包まれた都市があった。

廃墟のようにも見えるけれど、少なくとも留まれる場所には見える。

「目標は、あそこ!」



一瞬の沈黙。

それを破ったのは、ヘリンだった。

「……行きましょう!」


火の中に飛び込むより、ずっとマシだ。シンウィは即座に指示を飛ばす。

「ユヨンとチェヨン、操舵!チェウォンとヘリンは帆!私は甲板で全体を見る!」




そして、最後に残った一人。

「マユ」

膝をつき、目線を合わせる。

「後ろを見ていて欲しい。あれがどれくらい近づいてるか、教えて」

「私に……任せてもいいの?」

マユが、今にも泣きそうな声で言った。

「私、バビ担当じゃん……」


「違うよ、マユ」シンウィは、はっきりと言った。

「私たちの中で、一番頭が切れて、一番推進力があるのはマユでしょ。自分を信じて」

マユは、こくりと頷いた。


それから、メンバーたちは骨の鯨をかわしながら、必死にヨットを操った。

だが、都市が近づく気配はない。それに比べて、骸骨の鯨はあまりにも速かった。

虚ろな二つの眼窩が、手で覆えないほどの大きさに迫ってくる。心臓が、激しく跳ねる。

――どうする?


絶体絶命の瞬間。シンウィの脳裏に、ふとチェウォンの言葉が蘇った。

(……可愛くないですか?)


「……いっそ、あの中に行こう」

シンウィは、思わず口にしていた。自分で言っておきながら、信じられなかった。

「正気ですか!?」

ヘリンが叫ぶ。


「入れないのは分かってる」

シンウィは、防護膜に包まれた都市を指さした。

「でも、鯨とは大きさが違いすぎる。圧倒的に。だから……逆に無事なんじゃない?」


「頭おかしくなったんじゃない!?」

ヘリンが食ってかかる。

「生きるか死ぬかの問題なのに、なんで勝手に決めるの?」

突然の非難に、シンウィは言葉を失った。

――私、間違ってる?みんなのことを考えたつもりだったのに……。



「違うよ」

チェヨンが、珍しく真剣な表情で割って入った。

「この人、手紙のやり取りひとつでもすぐ泣くタイプじゃん。独断で突っ走る人じゃないと思う」

「……本当に?」

「私を信じて欲しい」

シンウィは、チェヨンの手を握って言った。


やがて、メンバーたちは船首を切り返した。

どう動いても、このままでは飲み込まれる――そんな共通認識が、自然と生まれていた。

全速力で船を走らせ、鯨の顎骨をくぐり抜ける瞬間、シンウィは、ぎゅっと目を閉じた。

けれど、着地は意外なほど静かだった。

鯨の骨の内側は、巨大な灰白色のトンネルのようだった。

鯨が動くたびに、地震のように足元が揺れる。だが、それを除けば足場は十分で、移動に不便はない。


「わあ、見てください。ここ、誰か住んでるみたいですよ。畑もあるし!サツマイモとか育てられるかな。

そうなったら、住み着いちゃうかも」

チェウォンが、浮ついた声で言う。


「前にもサツマイモパイの話してなかった?」

チェヨンが、くすっと笑った。

「老後の夢ですから!」

その明るい返事のあと、シンウィたちはまるでヘンゼルとグレーテルが菓子くずを辿るように、

文明の痕跡を追って、さらに奥へと進んだ。


三十分ほど歩いたころ。見覚えのある光景が、視界に飛び込んでくる。

――つい先ほど、断念したはずの都市。それとまったく同じ姿の空間が、鯨の骨の内側に広がっていた。

シンウィは、何かに導かれるように、その境界へ足を踏み入れる。


生きている都市。それとも――。

ぞっとする考えが、自然と浮かんだ。

この巨大な宇宙の怪物が、外界の都市を丸ごと飲み込んできたのではない、

という保証が、どこにある?だからこそ、地球へ来たのかもしれない。すべてを、喰らい尽くすために。


そのとき、遠くからドン、ドン、と太鼓の音が響いてきた。

せいぜいシンウィの膝ほどの背丈の生き物たちが、あちこちから顔を覗かせる。

ぴんと立った耳。小さな手足。どこか怪物めいた、ピンク色の身体――。

どこかのマスコットになりそうな異星人たちが、円を描くように一行を取り囲んだ。


奇妙なことに、巨大な柱のように連なる鯨の肋骨には、戦士のような鎧をまとった二十四人の女性が刻まれていた。

顔立ちはぼんやりしていて判別しづらい。それでも――どう考えても、tripleSだという確信だけが残る。


シンウィが、疑わしげな目で壁画を見つめているあいだにも、異星人たちの音楽は次第に激しさを増していった。

単純で、力強い旋律。どこかサムルノリを思わせるリズム。


その拍子に合わせるように、メンバーたちの衣装の上へ、蔓花が芽吹いていく。

糸も針も使わず、刺繍が施される。白かった衣装は、ゆったりとした淡いピンクへ変わり、

フードやフリルが加わると、今にも魔法を使えそうだった。


デビュー初期のティザーで使われていた言葉が、ふと浮かぶ。

――特別な能力を持つ少女たちが、互いの存在を知らぬまま生きている。

ただのキャッチコピーだと思っていたのに。

戸惑いはあった。それでもシンウィは、この状況を決して嫌いきれない自分に気づいていた。



「なに、なに、なにこれ!? ついてくるんだけど!」

ヘリンが身をすくめ、異星人たちを避ける。

「いや、あの子ほんと動物苦手なんだって。可愛いだけじゃん」

ユヨンが気の抜けた笑みを浮かべたその瞬間。シンウィの視界が、ぐらりと歪んだ。


ほんの一瞬。小さな異星人たちが、すべて禍々しい骸骨に見え――次の瞬間、元の姿へ戻る。

それとも、今見えている姿こそが擬態で、骸骨のほうが、本当の姿なのだろうか。


シンウィは、無意識に拳を強く握りしめた。もはや、太鼓の音とともに取り囲む彼らを、ただ可愛い存在だとは思えない。


それでも、

「この子たち、ハローキティみたい!」

チェヨンは無邪気に声を上げ、その隣ではチェウォンがしゃがみ込み、

言葉の通じない異星人と目を合わせ、互いの動きを真似し合っていた。



そのとき――。少し離れた場所で、手を振る人影が見えた。

ソヒョン、ジヨン、カエデ、シオン、リン、そしてソルリン。

再会できたのは、確かに嬉しい。けれど問題は、その手振りの意味が分からないことだった。

捕まったから逃げろ、という合図なのか。それとも、こちらへ来いという合図なのか。

シンウィは、横目で仲間たちを見た。

胸の奥で鳴る直感の警告に従うべきか。それとも、運命のように連なってきたこの流れに、身を委ねるべきか。

――決断の時だった。

 

Q. 次の場面では、何が起こる?

1.とりあえず踊ろう

音楽に合わせて踊り出し、異星人たちと打ち解ける。

2.選ばれし戦士たち

異星人がメンバーに武器を授ける。

3.救出作戦

異星人と対峙する覚悟を決め、仲間たちのもとへ駆け出す。

4.電話に出る

その場にいないメンバーから着信が入る。――宇宙なのに?